子供の好きなものに対する探究心や没頭力には頭が下がる。
いや、好きなことへの探究心や没頭力に子供も大人も関係ないかもしれない。
オレはサッカーが好きだから、「1日中やってられるか」と問われれば、体力さえ続くのであればやってられる自信はある。
オレの息子はゲームが大好きである。
どこの家の子も大抵ゲームは好きだろうと思うし、親が止めるよう注意しないといつまでもやっている子も多く、まさにそれこそ「1日中やってられる」好きなことである。
今、世間では「フォートナイト」というゲームが大流行しているらしい。
オレは「フォートナイト」がどんなゲームなのかよく知らないのだが、とにかく楽しいようで、大人にも子供にも大人気らしく、夏休み、友人の子供はこの「フォートナイト」を12時間やっていたらしい。
あまりにやり過ぎということでゲームを取り上げたところ、激しく泣きわめき、収拾がつかないらしい。
オレの息子は今のところ「フォートナイト」を知らない。
「フォートナイト」を知らない息子がハマっているゲーム、それは、
ボンバーマン
オレ自身が子供のころにハマっていたゲームを、今、息子がハマってやっている姿を見ると何か感慨深いものがある。
そんな子供のころにハマっていたゲームだが、息子と対戦すると大抵オレは息子の扱う「リモコン爆弾」によって爆破される。
まぁ、オレが息子にボンバーされることは問題ではない。
「あまりゲームをやり過ぎると目が悪くなってしまう」や、「ゲーム依存症になってしまう」ということもここでは問題にしていない。
問題は「ボンバーマンだけにハマってて良いのだろうか?」という点である。
世の中には多種多様なゲームがあり、秀逸なゲームが数多くある一方、いわゆる「クソゲー」とやらもたくさんある。
オレは息子が「ボンバーマンが好き」ではなく「ゲームが好き」というなら、「神ゲー」「クソゲー」に関係なく、様々なゲームに触れてほしいと思う。
ゲームという世界での経験や感じたことが、その先の可能性を生み出してくれるのではないかと考えている。ゲームを追及する先は、もしかしたら全くゲームと関係のない分野に足を踏み込むことも可能性としてはある。
例えば「ゲームの主人公の声がカッコいい!」から声優に興味を抱くかもしれないし、古いゲームだが「電車でGO」から「電車の運転士になりたい」というかもしれないし、もっと古いけど、「ハイパーオリンピック」から「将来はオリンピックに出たい!」と思うかもしれない。でも「ボンバーマン」から「リモコン爆弾を作りたい」という思いは絶対に阻止しなくてはいけない。
ご覧のとおり、今、オレの息子はゲームが大好きである。
好きなことは大いにやれば良い。
でも好きから更なる好きをみつけさせたり、新たな分野の好きを知るためのヒントを与えてあげる、そういう積み重ねが将来の息子の可能性を広げていくのだろうと思う。
こんな偉そうなことを書いているオレだが、今日も日中、息子はひとり派手にボンバーしていた。
好きをコントロールするのは難しい。
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